作業メモとか考えた事とか (2004年12月)

トップへ/前の月/来月


2004/12/1 ()

雑感が多岐にわたりすぎて、まとめるのに時間がかかった。

分合活字としてのモナーフォント

はじめに

まず最初に正体を明かしてしまうと、私はモナーフォントの開発協力者で、2ch Unix 板のスレッド(1, 2) の「18」である。[1] また、そのアウトライン部分に使われている東風フォント代替フォントの作成者でもある。[2] そして、モナーフォントのアウトラインが汚い文字になるに至った直接の原因を作った張本人でもある。そういうわけで、私には説明責任があるのではないかと思う。

長文で、一部の人にしか興味を持たれなさそうな細かい話も多い。小さな文字で表記した部分は飛ばして読んだ方が分かりやすいと思う。

参照文献

まだお読みでない方はこちらを先にどうぞ。

モナーフォントはなぜズレないのか?
 (または、MS P ゴシックで組むとどれくらいズレるか)

CL さんが検証されている、「電車男」の組版に存在する電車の右下のラインのズレ。 もうすでに理由も書かれているけど、具体的にどれくらいズレるのか調べてみた。

繰返しになるが、原因は非常に単純であって (GDI のせいというのはまた別の話[3])、印刷に用いられた MS P ゴシックのアウトラインと、画面表示に用いられる埋め込みビットマップでは、各文字のアドバンス幅が (かなり) 異なるからだ。16 ドット (フォントサイズ「中」) で作られた AA が 12 ドット (フォントサイズ「小」) でズレるのと同じである。MS P ゴシックのアウトライン、16ドットビットマップ、12ドットビットマップはそれぞれ文字幅の相対比が異なる別のフォントであると考えたほうが分かりやすい。 印刷でなくても、文字サイズを「中」から「小」に切替えたらズレることになるし、「スクリーン フォントの縁を滑らかにする」をオンにして文字サイズを「特大」にすればズレたアウトラインを見ることができるだろう。

定量的な評価 (重箱の隅)

アルファベット大文字を例に、アウトラインの各グリフの幅を比較してみよう。上が MS P ゴシック、下がモナーフォントで、全角は 256 ユニットに等しい[4]

文字 ABCDEFGHIJKLM
MS P 明朝 162163170166145141174164 63139153138190
モナーフォント 160160176160144144176160 64144160144192
文字 NOPQRSTUVWXYZ
MS P 明朝 164181158181160154151164162190154151145
モナーフォント 160176160176160160144160160192160144144

モナーフォントは 16 で割れる数字しか使っていないことが分かる。 それに対し、MS P ゴシックは 1/256 の端数まできっちり使っている[5]。太字で示した 4 文字はビットマップとのズレの大きい (7〜9 ユニット) 文字である。 印刷時にはアウトラインの幅を使用するから、この差が利いてくる。例えば L の字は、ビットマップよりも 1 文字あたり 8 ユニット (1/32 em) 狭くなるから、罫線の太さの半分左にずれる計算になる。LLLLLLLL のように並べると、'I' 1 個分のズレが生じる。逆に、TTTTTTTTT と並んでいる行は 'I' 1 個分近く右に寄ってしまうことになる。

16 ドットビットマップは 16 ユニットしかないから、幅を合わせようとすると、横幅を必ず 256/16 = 16 ユニットの倍数にしなければならなくなる。256 は 12 で割れないから、12 ドットのプロポーショナルフォントは絶対に幅が合わない。

この説明はむしろ話が逆で、16 ドットや 12 ドットのビットマップは 1/256 em 単位の違いを正確に表現することができないため、1/16 em や 1/12 em の倍数に丸めた近似的な幅になってしまうのである。普通のフォントではビットマップはアウトラインがきれいに表示できない低ポイント数における補助でしかない (画面表示の高速化という効果もある)。

モナーフォントがきちんと表示できるのは、ビットマップに合わせてアウトラインの幅を合わせる本末転倒を真面目にやっているからだ。

モナーフォントの漢字はなぜ汚いのか?

一言で言えば、分合活字だからである。おしまい。

技術的な事柄に興味のある方は次をどうぞ。

おさらい

モナーフォント Ver 2.90 は、アウトライン部分に東風フォント代替フォントを使用している。このフォントの漢字部分は和田研フォントで、漢字を部品の組み合わせで表現して自動合成するという研究の成果物である。

和田研フォントは、できるだけ作成者の手作業を減らし、自動処理でできるだけのことをやってみようという方針で作られている。また、自動処理アルゴリズムの優劣を評価するのが目的であるから、作成されたフォントに対する手直しは一切行われていない。フォントそのものは副産物にすぎないのだから、それを実用的なものにしていく責任はすべて我々ユーザにある。

例えば、サンプルでもバランスの悪さが目につく「名」の定義は

(setq 名 '(tate 夕 口))

となっている。tate という演算子は、「二つの部品を中心を揃えて縦に並べて配置せよ」という命令である。その結果、「口」が中央に来てしまっている。本当は「夕」は多少左に、「口」は右に動かさなければならないところだ。

手で部品配置をチューニングするとか、「名」を1 個の部品としてバランス調整を行った結果を部品として登録してやればだいぶましになる。手でチューンアップした例を紹介しよう。「勝」という字である (フォントに含まれているこの文字を比較すれば、従来の和田研フォントのアウトラインとさざなみフォントのアウトラインとが区別できる)。


左: 和田研フォント(自動), 右: さざなみフォント(手で調整)
進捗報告

自動合成に用いられたプログラム・部品定義は昨年公開された。それを Common Lisp に書き換えたりしたバージョンの開発が sourceforge.jp で続けられている。ここ 3 ヶ月ほど、私が何もしていないせいで動きが止まっているが、必要な準備作業の期間のつもりである。

和田研フォントキットの改良計画については昨年の今ごろ述べたのとほとんど変わりない。Common Lisp に移植してさざなみフォントがビルドできるようにしただけである (あと、わずかな文字の追加も)。ちょうど 1 年前に京大 人文科学研究所附属漢字情報研究センター主催で開かれた 書体・組版ワークショップで喋った内容から、アルゴリズム的には全く進歩が無いのは情けない。

かずひこさんのページ当日のプレゼン(PDF)が、ワークショップのページに資料集に収められた PDFがあるので、興味のある方はそちらを参照していただきたい。

デジタル時代の印刷文字」の展示および図録によると、小塚明朝・ゴシックもスケルトンからの肉付けという方式により設計され、アナログの原字が一切存在しないのだそうである (もちろん、スケルトンは組合せで自動生成しているわけではないが)。やり方 (と手のかけ方) 次第では商用品質のフォントも作れることの証左である。

作業予定

京都のワークショップで、葉健欣先生の発表の表示例を見て改めて感じたのだが、基本的なエレメントの肉付けと、それ以上分解できないプリミティブ字形のデザインがいいと、組合せの比率に少々粗があってもそれなりによく見えてしまうものなのである。逆に言えば、それらが悪い状態ではアルゴリズムの改良どころではない。 とくに、データの塊である部品のバランスは全体をざっと見直さなければならない。肉づけアルゴリズムも重要だし (小塚明朝・ゴシックでは 32 種のマスターエレメントを作るのに 4 ヶ月を要したそうである)、右払いなどは直したいところがあるが、骨組みが悪ければそれ以前だ。

すぐにでもデータの修正に取り掛かりたいのだが、今は生産性が悪すぎてどうにもならない。例えば上に挙げた「勝」の手動による調整には 30 分ぐらいかかっている。編集環境をきちんと移植できていないために、エディタの反応が非常に悪いし、もともとあった機能のいくつかが使えていない。

手間や相互運用性 (他の人にも使ってもらえるか) など、いろいろ考えた。結論としては、前から肩入れしている FontForgeマルチレイヤ編集機能に機能追加してスケルトン編集モードを作るのが最善の策だということになって、ソースをいじり始めている。その途中でソフト全体への理解を深める必要を感じ、マニュアル翻訳に寄り道しているが、こちらは年内には片付けたい (協力者求む!)。


ASCII Art 表示用のフォントはどうあるべきなのか?

理想の形

mashco さんの問題提起「インターネットのうえのおしゃべりのようなテキストを紙本にするには、どういう書風が求められるのだろう」というのは、私には論ずるに荷が重すぎる。提案にはとくに異論はありません。

一つ思う事。「樹脂活版のような、版面をざらりとさせる処理」というように、複製プロセスによる変形の影響というのは非常に大きいのですね。 ファウスト2の舞城王太郎+トム・ジョーンズ「コールド・スナップ」専用書体は、字游工房の岡澤慶秀さん(游築見出し明朝体手がけている)のデザインなのだけど、今までの宋朝の仮名に見られないスピード感 (こわばった硬さではなく、しなやかな堅さをもつ線は、弾力の強い筆尖で高速に書いた文字に固有のものだ) はかなりきてると思う。でもそれは樹脂活版によるにじみ・かすれと角の丸まりの効果も大きいのだろう。PDF で見るのと印刷された本で見るのとでは驚くほど印象が違う。饒舌な喋りの感覚は、PDF では伝わってこない。おそらく、ランダムな擾乱が介入してこないと会話につきもののドライブ感 (というのを、「どこへ決着するのか最後まで分からない感覚」と私は把握している) は得られないのだろう。

とりあえず AA だけを考える

そういう難しい課題はあきらめて、とりあえず AA の再現だけを考える。確実なのは、MS P ゴシック 16 ドットビットマップを前提として作られたアスキーアートを再現するのにふさわしいフォントは現在存在しないということである。

ズレの問題だけではない。MS P 明朝にしろ、モナーフォントにしろ、Arisaka-AA にしろ、前から気になっているのは、印刷するとどうしても太く見えることである。実際太いのだから当然だが。 注 [5] に書いたとおり、アルファベット大文字のステムは 24 ユニット前後。256 ユニット/em の MS P 明朝において、16 ドットフォントの太さ 1 ドットの線は 16 ユニットに相当するから、アウトライングリフは 50% ほども多くインクを盛っていることになる[6]。これでは太く見えるのも当然だ。

明朝・ゴシックが対になって提供されるシステム書体のウェイト設定では、細明朝のウェイトを基本として、ゴシックは見出し兼本文という役割を求められるから、東風フォントであっても Osaka フォントであっても MS ゴシックと似たり寄ったりの太さになる。それらに由来するグリフ含む AA 用フォントでも太すぎることには変わりない (和田研フォントキットの技術的制約から細めの設定になっているモナーフォントの漢字部分がかえって適切な太さに近いが)。

モナーフォントと MS ゴシックとの書風の違いというのは頭の痛い問題である。漢字に関しては単純に質の問題であるが、仮名・記号・欧文はどうか。アウトライン版は基本的に幅の調整を行っただけで固有の字形にはほとんど手をつけていないから、1 さんが調整されたビットマップ版のグリフで考えてみよう。やはりこれも、元となった東雲ビットマップファミリーの字形をひきずっているからかなりの違いがある。字面が MS ゴシックより小さいのが最大の違いだが、個別の文字でも気になるものが数文字ある。

いちばん問題となるのが「つ」だろう。この文字だけは、横から入って上に持ち上がるオリジナルの形を踏襲せざるを得ない。AA では手を表すために多用されており、この文字の形を変えると腕の角度・曲がり具合が変わってしまうからだ。「つ」の書き起こしを内側に巻き込むか、まっすぐにするか、波打たせるかはゴシックの仮名の書風に大きく影響すると中村征宏「文字をつくる」(名著である) にもあり、大きな制約条件となるわけだが、文字幅の制約を課せられていることを考えれば嘆いてもしかたがない。

恐らく「つ・し・と・て」[7]の 4 文字を既存の AA と整合するように作れば、あとはかなり自由が利くのではないだろうかと想像している。現在の MS ゴシックのアウトラインが AA のための書体として理想とはとても言えない出来であることは、デザインする側にとっては救いである。自分の理想をデザインすれば模倣やその回避のための悪あがきに陥らずに済むのだから。

今すぐできること

以上は、AA 用フォントの作業をやるときのための備忘として書いたのだが、とりあえず、いま 2ch のログを紙メディアで印刷しろと言われたらどうすればいいだろう。若干の時間の猶予はあるとして、以下のような方法が考えられるだろう:

MS P ゴシックでそのまま刷る
けっこうズレる(要調整)。太い。('A`) の右目が違う
モナーフォントで刷る
漢字の品質が問題外。('A`) の目が違う
Arisaka-AA で刷る。
太い。少しズレる。('A`) の右目が違う。ライセンスの問題?
MS P ゴシックの画面表示をキャプチャする
手間がかかりすぎる
MS P ゴシックのビットマップからフォントを起こす
本文もドット文字になる。ライセンスの問題
改変可能な既存のフォントの幅を調整して合わせる。
小夏: 現在考えられるほぼ唯一の選択肢。ビットマップ同様、げたばきが無い。やはり太い。
M+ Outline: 太さはよりどりみどり。漢字がまだ無いなど、作業中の部分が多い
IPA フォント: 単独配布不可。(当然ながら) 完成度は非常に高い。他のゴシックよりやや細め。

ビットマップからフォントを起こすというのは、M+ Testflight のような、個々のビットを正方形と長方形のアウトラインに置き換えたフォントである。スクリーンショットを拡大して見ていただきたい。ドット文字がドットのまま拡大されているのが分かるだろう。自動処理を行うスクリプト もすでに存在する。

忠実な再現という意味では、ドットパターンをまるごと再現すべきだということになる。コメントで CL さんが書かれているとおり、「今しか存在できないものですから、ドットパターンごと紙面に残した方がいい」という考え方は理解できるが、画面上の AA を紙に刷ること自体が最大の変更ではないかという気もする。ディスプレイに合わせて作られたビットマップ文字を、表示特性の大きく異なる紙という媒体にあえて同じ形で再現するというのは、学術的な「記録」の文脈ならともかく、普通に鑑賞したときに同じ印象が得られるかという点では忠実性が性に乏しいように思う。喩えて言うと、亀の甲に刀で彫られた甲骨文字と、甲骨文字を筆で書いた書作品くらいには違う物ではないだろうか[8]

私がやるなら、小夏ベースだろうか。IPA フォントはやる気にはなれない。

ビットマップのそこはかとなさ、について

ビットマップの画面表示を念頭に置いて、印刷された AA を見ると実際の太さの差以上に黒々として見える。これは、斜めの線ではドット同士が面ではなく点でしか繋がっていないことが原因だろう。

斜めに連なるドットの太さは、平均で対角線の半分の太さ (70.7%) しかない。しかも、白地に黒の画面だと光の散乱によりドットが縮む (とくに CRT で顕著である) ので、人間の目は途切れかけた点をつないで線として読みなしていることになる。ここになんとなく、「そこはかとなさ」を感じるのである。日本の AA の特質である「線描の感覚」を評価するのに、この感覚は絶対重要だと確信している。

うまく表現はできないのだが、図形を面の濃淡として捉えてしまう欧米式 AA との違いを思い浮かべて頂ければ、私の言いたいことは分かっていただけるのではないだろうか。グレイスケール AA が日本人に受けない理由は、サイズが大きくなる、職人芸の余地がないという他に、細部への視線の感覚を欠いているからではないだろうか。もちろん、日本語の字種の豊富さがあったからこそ、線描を主体とした AA を発展させることができたのだけれど、あれだけ精緻な職人技があるからには、それを支える特徴的な美意識があるはずである。

ドット単位の細かいマチエールを無視して、文字 1 個が 0〜1 へのグレースケールを表すセルであると割り切らないとグレイスケール AA は描けない。輪郭線を描かない油絵みたいなもので、それに対して日本の AA は輪郭のある浮世絵と言えるだろう。浮世絵だって色を塗らないわけではないのと同様に、和式 AA には ,,,, や ;;;; や :;:; のようなパターンの繰返しによる灰色表現は頻出する。だが基本的には均等なパターンの使い分けで、その形の規則性に表現意図が盛り込まれている (漫画におけるスクリーントーンの技法と似たものがある)。読む側は、そこに濃淡だけでなく質感まで読み込んでいるような気がする。触覚に直結するような視覚的体験を読者として持っているからこそ、蓮コラなどの生理的不快感を再現するような AA の作成を試みる者があるのだろう。

ドット文字の表示適性

少し話題が逸れたが、上に記したような質的感覚は、文字の表示サイズによってかなり違うのではないかと思う。ドット数が同じビットマップフォントでも、画面に表示される文字と印刷される文字では人の目は違うところを見ているはずである。

紙上の印刷に比べて、画面の表示はサイズが大きく表示される。24 ドットプリンタが 180 dpi であるのに対し、画面の解像度はその半分程度でしかない。また、行間も最低で二分は取られる印刷物と異なり、画面では 1 ドット程度の空きしか確保されない場合が非常に多い。 主観的な視角の比率で言えば、PC や携帯電話の液晶では、レシートや明細書などを見る時と比べて、目が文字に対して数倍近い。

その結果としてどうなるか。細部の形の再現性がより重要になり、全体的なバランスの重要性が下がるのである。

「デジタル時代の印刷文字」図録に掲載されている、小山壽久氏の論文「ドット文字のデザインについて」から引用する。

「24ドット」の表現力は意外に優れていて、画数を厳守したデザインはかなりのところまで可能なのである。(事実、第一水準は完全にクリアし、省略の対象となったのは第二水準中の29文字だけである。)

しかし、“作れる”ということと“読める”ということは違う。偏と旁のバランスをひどく損なった文字は、例え一点一画が忠実であったとしても、その文字に見えない。ついには画数を優先するか、読めることを優先するか、2つに一つを選択しなければならないジレンマに陥ってしまった。この折り当時の上司から『シーイング―脳と心のメカニズム』(J.P.フリスビー著、村山久美子訳、誠信書房、1983年初版)という書籍を紹介された。その中に、人が文字を認識する仕組みは一点一画を読みとっているのではなく、全体を輪郭として捉えているのだ」という意味のことが記載されており、迷いを払うことができた。省略文字29文字のうち半分くらいは“読めることを優先して省略した文字”である。

ちなみに、その29文字のリストは以下のとおり。

壑巉鬱甌矗纔纛臟讒贓釁靨駟騙驅驕驟驢驪鬘鬢鬣鬮魘鸞鹽麌黶龕

このリストに含まれていないが、現在の JIS の包摂規準から見て適合しないような文字が JIS X 9052-1983 には存在する。代表的なのは「濾」が「さんずいに戸」で作られていることである。そろそろこの規格も見直すべきではないだろうか。

jiskan24 と kappa20

馬へんの点を 1 個削るような処理は抵抗がないが、巉・纔・讒の「兔」から「ク」を取り除くような大胆な省略には反感があった[9]。私が Kappa20 を作り始めたときは、ドット数内で可能なだけ画数の忠実な表現を試みた。それはある程度成功したと思うが、逆に全体的輪郭のゆがみは顕著になった。ドットプリンタを想定して開発された JIS X 9052 では、そうしなかったのは正解であろう。

四方をギュウ詰めに文字で囲まれている画面上では、文字の輪郭に対する意識が希薄になる。印刷文字の字面の一部を隠して読ませるテストでは、同じ面積を隠すのでも外側を隠された方が中央を隠されるより読みにくいことは有名であるが、画面上では常に外側を塗りつぶされているのに近い状態にあると言える。結果、できるだけふところを広げて線を配置し、個別の線の繋がりを見やすくするようなフォントが読みやすいものと評価されるようになる。

技術者の誠実さ、とでも言うようなもの

だから、シャープの LC フォントの PR 文 (生活日報の記事「携帯電話50%、リムコーポレーション」で知った) は呆れてしまう。

日本の活字は中国の活字を基にしている為、例えば「駅」という文字 (中国では驛) は、日本で活字を作る際、職人が別々の中国活字で使われている「馬」と「尺」を合字したもので、バランスが悪い。

当用漢字字体表が出るまで日本で活字を作ってなかったとでも思ってるんだろうか。こいう大嘘をつかれると、その他の技術的な内容まで信頼性が無くなってしまう [10][11]

文字の話になると、後に糾弾される字体の変更などは「技術者が文字をいじるからだ」という非難のされ方をよくする。JIS 漢字の幽霊文字とか 1983 年の字体変更に関して、その手の言説は昔は多かったが、これらの規格の策定は国語学者が主導して行ったものであり、いわゆる「嘘字」を取り込んだとしても決めた人が無知だったゆえの過ちではなく、知った上で漢字の未来を憂えての勇み足だったというのが、過去の系か経過 (15日修正)を詳しく調査した結果から見た現在の定説である。(だいいち、技術者だったら非互換性を何よりも嫌がるはずだ)。

書体デザインの分野でも、技術者が悪役にされることはよくある。どうしていつもそうなのかと、(どちらかといえば) 技術的な方面から文字や書体デザインに興味を持っている私は疑問・かつ不満に思っていたのだが、これを読んでやっと分かった。こういう見る人が見れば爆笑するか怒るかしか無いようなデタラメを抜け抜けと言うからだよなあ。


[1]
1 さんにメールを送る時には「18です」と名乗り、From: 欄にも「18 <kanou@khdd.net>」(←バレてる) と書いて送っている。これを忘れた時 (リンク省略) には悔しがらねばならないという鉄の掟がある。
[2]
といっても文字アウトラインはほとんど作ってなくて、既存のソースをコピペでまとめただけである。3 日で作ったのだから。
[3]
Windows の GDI の問題点とは別の話である。プリントすると画面表示と改行位置がずれたりした (Windows 2000 以降では改善されたらしい) のは、デバイス座標系に変換した時の丸め誤差で 1 行に入る文字数が変わってしまうのが原因である (単品の税込み価格を合計したときと、税抜き価格を合計してから消費税を足した時で値段が変わるのと似ている)。 各行に改行が入っている左寄せのテキストで横方向の相対位置が大きくズレることはない。
[4]
モナーフォントの内部座標系は「全角=1024」なので、本当はすべてこの 4 倍の値である。つまり、すべて 64 で割れる幅になっている。
[5]
垂直ステムの幅が奇数 (23 または 25 ユニット) だから、左右対称な 'I', 'T', 'Y' の幅は奇数になる。
[6]
交点の部分があるし、込み入った文字では線が細くなるから実際には 50% は増えていないと思うが。
[7]
「つ」…手に使う。「し」…足に使う。「と」…正座した足と尻に使う。「て」…「Σ」などと同様に、驚いたときの表現などに使う。
[8]
書体以前に、AA の大きさのコントラストが再現できないという点で「電車男」の書籍はスレッドやそのログと大きく異なると思う。
[9]
責任転嫁するつもりはないが、「壑」という字の左上は「ト」に「冖」に「谷」だと間違って覚えていた。知らない文字だと省略されていることに気づかなかったりする。
[10]
技術的な内容に関しても鵜呑みにはできないと思う。細かいところの点画もできるだけ省略しないように字形をゆがめると、結果的に線が均等になってふところも広くなるし、そこに一部の文字だけふところを狭くすると統一性が無くなるから、結果としてどの文字も懐が広くなるのは確かだが、それは均等にするほど読みやすくなるからでは断じてない。
[11]
例として出ている「仕事革新」の「事」は、縦方向に詰まっている文字だから縦に均等にするのは分かるが、横方向のメリハリを無くすと見分けにくくなるだけだと思う。「事」の字は、活字体の場合は2本の横線、それより幅の狭いコの字(5画目と7画目)、一番狭い口の字の輪郭という違いがついているのが字形の規範であり、たとえ横書きでも差をつけるべきだろうと思う。(ちなみに、書写体の場合は書きやすさの規範もあり、一番上の横棒だけ長くして、口とヨは揃えるのが一般的である)

2004/12/3 (金)

Apple Stere セミナー

一昨日、Apple Store, Ginza で開催されたセミナー「言葉を伝える書体、気持ちを伝える書体」について簡単に。

言葉にするのが不可能ないい物を受け取ってきました。聴衆が 30 人程度だったせいか、その場の空気から伝わってくる物が濃い感じがした。

Mac OS X に標準搭載されているヒラギノの活用法ということで、非フォントマニア向けの (あまり理屈臭くならない) 内容だったが、書体の適切な選択については豊富に出てくる具体的な例が非常に適切で、しかも考えさせる物だった。街を歩いていて書体の選び方のヒントを見つけるとか (歌舞伎座の寄席文字とか携帯デザインと合わないゴシックの使用とか)、その辺の感性の濃やかさ (と、それに基づいた既存書体の緻密な分析) が字游工房の書体のコンセプト上の適切さを支えていることに今さらながら気づいた。

頭からの内容を要約してもほとんど意味が無いので、印象に残った話をいくつか。

ヒラギノ明朝の抽象的コンセプトとして「本文書体の最先端」という物を意識して作り、現在でもそうであることについて:

10 年前に作られた書体を最先端というと変ですけど、いい書体は 50 年、60 年前の物が今でも広く使われています。書体の好みは非常に保守的なものなので、新しい書体が定着するのにはだいたい 10 年ぐらいかかると言われています。ヒラギノも 10 年経ってやっと認知されてきた感じ。

それで、作った側としても 10 年経って見直すといろいろ、『ああ、あの時ここはああしておけば良かったなあ」という所が見えてくるんですよ。それを皆さん、昨日作ったみたいに文句をおっしゃる。これはちょっと堪らないですね。

(12/4追記: これは狩野の言葉で記憶から再構成した物で、<blockquote> してるからといってそのままの引用ではありません。)

他にも参考になったり面白かったりするエピソード:

ああ、語り口が、鳥海さんの人柄の魅力が全然伝えられていない。この、要約不可能な情感の部分を伝達することができるのが、書体の選択なのだろうなあ。

とするとこれに合う書体は何だろう。やっぱり游明朝体 R かなあ。うーん。

2004/12/4 (土)

最高の 1 日 - ε

夢のように素晴らしい日でした。自転車盗まれたけど…orz。

詳報は明日。

2004/12/6 ()

「タイポグラフィ・タイプフェイスのいま デジタル時代の印刷文字」参加記録

時間がない。殴り書きのノートが 48 ページもあって、テキストに落すのもまだ 1 割ほどしかできてません (ノートを画像で公開したところで、当日聞いていない解読不能だし)。9 日のジュンク堂トークセッションで記憶が上書きされる前にまとめておきたいとは思いますが、できるかも不明。

というわけで個別の報告は後にして、全体の感想だけ先に書くことにします。

全体の印象

とにかく盛り沢山で、さまざまな知的な刺激や人との出会いで脳が飽和気味になった。それでももっと情報交換したかったし、あの人をこの人に紹介できてれば…という後悔もある。時間的限界もあって、絶対それは不可能なのだが、最後のまとめの言葉で「3 日くらいかけてやるべき内容を 1 日でやってしまった」と森啓先生がおっしゃっているのはまったく本当である。私個人に限っても、生まれてから今日までで書体のことを一番よく考えた日ではなかろうか。講演で 1 日、懇親会その他で 1 日の 2 日分くらいに感じる密度があった。学生さんも懇親会まで参加された方が多く、講演者・聴講者たちの熱気を確実に感じたはずである。

これが参加費無料であったというのがとてつもなく驚きである。図録 (2000 円) が配布された [1] ほかにギャラリー (300 円) は無料、しかも懇親会では立食とお酒が出ていた。500 万〜700 万の費用がかかったそうだが、「ほんとにこれタダでいいんですか?」と聞きたくなってしまった。ふつうなら 5000 円は取らないとやっていけないだろうという気がする。

講演について

コーディネータが方向づけをしすぎだったのではないか。それにより、議論の方向性がある程度限られてしまったような印象がある [2]。例えば人選にも、もう少し幅を広げる方向のほうが議論が膨らんだのではないか。

午前中の書体設計家 5 氏については申し分ない。さまざまなタイプが分かれていて、非常にバランスが良かったと思う。タイプフェイスデザインの理論普及に長年尽力してきた桑山弥三郎氏、明治の原字彫刻師にも引けをとらない実践派の職人である中村征宏氏[2][3]、グラフィックデザイナーの視点で筆文字を見る篠原榮太氏、今日は (時間の都合で) 人情派の役回りとなった鳥海修氏、締めくくりは過去 3 世代 (金属活字・写植・デジタル) の活字製作プロセスをすべて経験し、さらなる技術進歩を推進する強烈な理論家としての顔を見せた小塚昌彦氏。

内容も、桑山氏の長年鍛え上げた分かりやすい解説から始まり、中村氏の感覚が凝縮された表示例と簡潔な注意点、篠原氏による、一人で 14000 字の筆書体[4] を仕上げるまでの克明な苦労話 (それは書体のコンセプトと表裏一体である)、鳥海氏の書体に志すきっかけとなった篠原氏・小塚氏との出会い[5]や写研での中村氏との制作のエピソードと続き、最後は小塚氏の活字製作史 (その前史としての文字の全歴史) のまとめと、自動化技術を活用した新しいフォント制作への情熱を語る、思想性の強いまとめで終わり、重複がない。ここまでうまく分担できるのは、それぞれ師弟関係や共に働いた経験をもつ人々で、お互いの個性を知り合っているからかもしれない。書体製作が人と人の繋がりによって支えられてきたことを改めて感じる。

それに対して午後の第二部は、グラフィックデザイン方面に偏りすぎだと思った。「デザインを語る」がテーマなのだから当然といえば当然だが (美術大学だし)、タイプフェイスをあれだけ詳細に語ったのなら、タイポグラフィの中心であるはずの書物についてもっと正面から語る人がいるべきではなかったろうか。編集や組版のオペレーション側か、せめてエディトリアル・ブックデザイン専業の立場からの発言が一人入ればぐっとバランスは良くなったと思う。

伊勢克也氏の講演は自然の風景やアジアの人々の写真スライドを見せて重力のイメージを語るというもので、面白いことは面白い (まったく退屈はさせない) が、午前中は息も潜めて集中しながら聞き入っていたので、その反動で気が抜けて眠くてしかたがなかった。昼食後だからなおさらである[6]

小泉均氏は書籍の装訂について、自己の体験から耳を傾けるべき警告を発していた。15 年前に写植で装訂した書籍の改訂版を手がけるにあたり、デジタルでいったん作った案に対して「座ったままで指先の操作だけでデザインができてしまうのは本当のデザインワークなのか?」と疑問に感じ、もう一度ラフ案を書くことからやりなおし、装訂の結果を目の前に紙として実物大で打ち出し、それを元に写植を指定して貼り込むという形でデザインし直したという。 続いて、本文組についても緻密な仕事ぶりについて、その手の内を明らかにした。例えば、展覧会のカタログのために存在しない英語版を作ってから日本語に移すとか、日本語でのラギッド組みのために 30 くらいの可能性を試行錯誤するとか (そりゃ 5 ページでヘトヘトになるだろう)

バーゼルできっちりと習得したスイス・タイポグラフィというのは、それほどまでに厳しいものなのかと驚きつつ、ちょっと違和感も感じた。「タイポグラフィの中心は本文組だと思う」と小泉氏が語るときと、第三部で小宮山博史氏が同じ発言を (本文書体の質の善し悪しについて触れながら) 行ったときでは、その想定する「本文」は別の物なのではないだろうか。デザイナーが意のままに操ることのできる「本文」というのは少数の例外的存在でしかないのだから、99% のありふれた書籍・雑誌についてもタイポグラフィは存在するわけで、指示という形でしかデザイナーが関われない (本文も未確定の)、「活字印刷術」としての、本来のタイポグラフィに携わる人の発言がなかったのは大きく欠けているもののように

ドット文字のデザインについて語る小山壽久氏の話は午前の延長で、しかも議論が手薄になりがちだった箇所をうまく埋めてくれたと思う。一般の人には地味すぎる話題かもしれない。1 万字作った経験があってやっと実感できるような部分もあったのではないか。

2004/12/13 (月)

(上の続き)

中川憲造氏は、自作のパッケージ、サインの書体とピクトグラムについての解説。私は個人的に、文字の使用方法を視覚特性から 3 種類に分けて考えるべきだと考えている (大きく表示される書体=見出し書体と、小さくて近くから見る書体=本文書体、小さくて遠くから見る書体=サイン書体) ので、興味はあった。残念ながら書体の選定についてはあまり触れる時間がなかったのだが。

林規章氏のデザインの例。桑山氏の著書「レタリングデザイン」を 1 冊全部模写したエピソード。それからロゴタイプデザインの例や、明朝体のミニマルなエレメント 4 種類だけを元にして仮名などの全ての文字を作ってしまう例を紹介。

第二部のテーマは「使用書体を語る」だったのだが、結局、デザイナーはどういう視点で書体を見、選択しているかという点について、ほとんど聞けなかった。さまざまな版のユニバースを試して、活字版を選択した経過を語るはずだったヘルムート・シュミット氏が参加していないことが悔やまれる。

基調講演

話の順序としては逆になるが、最初の柏木博氏の基調講演をここで紹介しておきたい。非常に良くまとまっており、その日一日の議論の方向性を形作っていたところがある。構成を大幅に組み換えて、骨子だけ述べる。

メディアの民主化

デジタルフォントの出現の意義は、文字メディアの民主化 (人々が自前のメディアを持つこと。ガリ版・DTP などの出現がその一例) がある。これが社会に与える影響はまだ不明だが、過去の写真メディアの与えた影響からある程度予測可能。

写真の場合、初期 = 100kg の機材を担いで熱心に撮影する人々。20c前半=機材の小型化が起こり、撮影そっちのけで写真機の蒐集に熱中する人も。20c後半=低価格化が進み、日常生活の中で大量に撮影。

欧米と比べて、日本語は文字メディアの民主化において不利な立場にある。タイプ印字で「全地球カタログ」が制作された時に、日本ではガリ版を切っていた。ワープロの出現で、津野海太郎はアルファベット圏との格差がなくなったと感じたそうだが、それでも日本語は 3000〜8000 字種が必要であることには変わりない。アメリカには、1990 年当時既に 2 万の書体があり、アマチュアのコレクターが多数いた。どうしても欧米の動きと日本の動きにはタイムラグがあるが、数の充実から日常化に向かう段階だと思う。

多書体化の流れと、ユニバーサリティの否定

鉛活字から写植への移行、基本レパートリーの充実が、多書体使い分けの前提である。

1960 年のタイポスを皮切りに、時代のスタイルの要請に答えて多数の書体が開発されるサイクルが整えられた。70 年代には見出しの詰め印字の要請から中村氏のナール・ゴナなどが生まれ、スーシャ・スーボの鈴木氏なども、写植機メーカーのコンテストから新人が生まれてくる体制が確立。

これらは、目に引っかかる特殊な書体であるという点が共通しており、モダニズムデザインの中核であるところのユニバーサルな書体の対極に位置する存在である。活字から国民性を排除することを目指したバウハウスの書体デザインは時代を超えて生き残れなかった (なぜそれが普遍的なのか、自ら説明できなかったため) が、普遍性のある書体という思想は、ユニバース (その名前だけでなく、ファミリーの普遍化などにその志向性が記されている) やヘルベチカという高品質な書体によって実現された。デザイナーがそれらの書体を使うということは、自分が中立的な立場に立っているのだということの表明でもある。

80 年代の本蘭明朝や 90 年代の小塚明朝・ゴシックのような普遍性を指向する流れが一部に存在するものの、それとは異なる路線が主流であったということは、日本の書体デザインにおいては、60 年代からポストモダンが始まっていたと言える。

感想

実際にはもっと豊富な例や西洋の書物観への言及などもあり、話の流れもこんなに直線的ではなかったことはお断りしておく。

ユニバーサルデザインについては、柏木博氏が以前から強い問題意識を持って数多くの論考を残しているので、非常に説得力がある。デザイナーの諸氏が持っている問題意識とも多く重なるところがあったと想像される。「メディアの民主化」という柏木氏の発言は、人の口を経るうちに、午後の各氏の講演・議論ではいつの間にか「書体の民主化」という言葉に変わってしまった[7]のだが、これも、素人としてフォントや作成ツールを整備している私には非常に魅力的に聞こえた。

だが、冷静に考えてみれば、いろいろと疑問に感じる点は出てくる。例えば:

デザインがユニバーサルであるとは?
二つの意味:「どのような人々でも利用できる」ということと「どのような局面にも適用できる」ということがイコールか。文字には物理的な制約がないから、使おうと思えばどんなひどい使い方もできてしまうわけで、篆書・草書や勘亭流でもない限り、前者の意味でユニバーサルなのではないか?
「メディアの民主化」って正しいのか?
素人に文字をいじらせることが本当に望ましいタイポグラフィを産むのだろうか。 (言うまでもなく、私はかなり否定的である)。むしろプロはこれに対して警鐘を鳴らすべき立場ではないかと思う。
日本語書体の変遷が、欧文と同じ流れを辿るか?
結論からいうと、部分的な順序関係は共通するところが多いだろうが、全体としてみると化なり違うだろう。時代の格差は 100 年だったり 10 年だったりと一様ではないし、欧米で異なる時代に発生した現象が、日本では同時進行的に見られることもある。
時代精神が文字の移り変わりの原動力か?
私は、文字は重層的な物であって、まともな文明国ならば新しい物が出たからと言って古い物がそうそう消えるわけではなく、その上に積み重なるものだと思っている。プロダクトデザインを典型とした議論を文字に対してそのまま適用するのは無理があるだろう。
美的要請と技術的要請の比率は?
書体開発の努力のうち、美的な要請に向けられた部分というのは比較的少ないのではないか。活版→手動写植→電算写植→DTP (OCF→CID→OTF) という急激な技術環境の移り変わりに対応するので精一杯だった面もあるのではないかと疑っている。

提示された前提条件を検証する機会なしに議論が進んでしまったのは残念である。

和字と欧字の違い

7 月 11 日に東京外語大で開催されたワークショップ「キリシタン版を印刷から考える[8]の議論の中で、豊島正之先生が、きりしたん版の連綿活字の発想に関連して、以下のような趣旨の発言をされていたのを思い出す。

ラテン文字ではグーテンベルク聖書が 200 種類ほどの豊富な合字を用意して手写本の完璧な再現を目指しながら、わずか半世紀後 (15 世紀末) のアルダス・マヌティウスのローマン体では合字の種類は現代とほとんど変わらぬ数種類まで激減してしまう。それに対し、ギリシャ文字活字においては、18 世紀まで大量の合字が残り続けたのは、なぜであろうか。[9]

それは、ラテンアルファベットはユニバーサルな文字であるが、ギリシャ文字はそうではなく、ギリシャ語専用のスクリプトであるのが原因ではなかろうか。 ラテン文字はフランス語であろうがドイツ語であろうがラテン語であろうが、とにかく同じ書体でどの言語でも組めることが求められる。作業効率を考えると、特定の言語でしか用いられない文字の組合せに形を与えていくのは合理性が低い。どの文字とでも組み合わされる普遍的な字形をもったローマン体は、このような要請から発達していったのであろう。いっぽうギリシャ文字はそのような圧力を受けることなく、大量の合字を保ち得たのである。それを考えれば、キリシタン版が仮名の連綿活字を実現したことは自然な選択であったと言えるだろう。

非常に示唆的ではないだろうか。 ユニバーサルな書体デザインが成り立つのも、ラテンアルファベットが、それだけで全ての用を足せるユニバーサルな用字系だからではないだろうか。複数の用字系を組み合わせて使わざるを得ない日本人にとって、書体のユニバーサリティへの意識が希薄であっても何の不思議もない。

例えば明朝体の漢字には、まるで違う書風を持った仮名を組み合わせて使っている。この組み合わせが確立してから 100 年以上、日本人は同じ書体を改刻しつつ使い続けてきており、この組み合わせの明朝体はあらゆる所に使われている。異質なものの交りあった相対としての明朝体は、モダニズム以前に普遍性を実現してしまっているのである。

仮名は無理としても、漢字においては、(言語に依存しないという意味で) ユニバーサルな書体は存在し得るだろう。だが、そのためには漢字文化圏全体で通用するデザインルールの確立と、字体の統一という大きな課題が存在する。そこまでしてユニバーサルな書体を確立する覚悟は、果して我々にあるだろうか。

(まだ続く…かな?)

いろいろな問題提起がなされたが、ノートを読み返してみると、投げ出されたまま終わってしまった問いがかなり多い。字種 (小塚氏)・字体/字形 (桑山氏・小山氏) の問題など、表記システムとタイポグラフィの関わりについて興味深い指摘がいくつかあったが、ほとんど答えられること無しに終わってしまった。

[1]
先日行ったときに買ったので2冊になってしまった。どうするかは考え中。
[2]
あちこち議論が飛ぶにまかせていたらそれこそ終わらなくなったからこれで良かったのかも。
[3]
桑山氏をアルチザンとして紹介していたが、私はむしろ中村氏こそをアルチザンと呼びたい。
[4]
トータルでは 40000 字ほど書いているそうである。
[5]
「本の雑誌」で読んだことがあるけど、本人の口から語られるのを聞くと、また格別にいい。
[6]
実は昼は抜いた。ギャラリーで、24 ドットビットマップのデザイン修正案をノートに書き写すのに忙しかったのだ。
[7]
帰りのバスの中で同席した人と会話していて、言葉がすり変わっていることに初めて気づいた。
[8]
参加当時には紹介する機会がなかったが、実に充実したワークショップだった。印刷された書籍を詳細に分析すると、「ぎやどぺかどる」は二つのチームが平行で作業していたことや、「ドチリナキリシタン」の刷部数が極めて少数 (ことによると 1 部) だとか、刷った後製本せずに保管していたことまでが分かるのには驚嘆した。白井純先生の丹念な活字字体の整理の結果――初期の文献に出てくる異形活字は形の差が大きく、後から追加されたものは差が小さい――が、鋳造活字と彫刻活字が同時に利用されていたことを示唆していると気づいたときには興奮したものだ。当日のハンドアウトをご覧になって頂ければ、私がなぜ驚き興奮したか分かると思う。
[9]
当時の印刷マニュアルには、「いかに合字をたくさん使って華麗な版面を演出するかが組版職人の腕の見せどころである」と書かれているそうである。

2004/12/26 (日)

前回の続き

女子美のシンポジウムの感想はとりあえず中断。また機会があれば書きたいと思う。来年には会議録が出版される予定であるので、内容についてはそちらを参照して頂きたい。

背中を押される思い

9 日に、ジュンク堂のトークセッション「デジタルフォントとタイポグラフィ――デザインの心性と技術」(鈴木一誌・祖父江慎・戸田ツトム・藤田重信) に行ったのである。これについても次号の d/SIGN 誌に掲載されるだろうから、くだくだしく紹介するのは避けたい。1 時間近く遅れての参加だったが、やはり早退けするべきだった。

筑紫明朝という 1 書体を中心に徹底的に語り合ってくれて、素晴らしいとしか言いようがない。やっぱりタイポグラフィの中心領域は書物であるとの感を強くし、先日のイベントで感じた食い足りなさを癒した。不満が残らないとあれこれ書く気にはならないものである。それより、手を動かして物が作りたくなった。

フォントワークスの藤田氏の書体創作の方法論が独特である (「d/SIGN」9号『筑紫明朝のデザイン』で読める)。「な」の字 1 文字から平仮名全体に、平仮名から漢字を含む明朝体全体に展開していくのだという。全体の統一性を過度に重視せず、仮名 1 字 1 字の固有の形の美しさを追求する考え方。

新しい個人プロジェクト

そういうわけで、前々から思い描いていたプロジェクトに取り組んでいる。

藤田さんの話に刺激されたはいいが、私には仮名を一から作り上げる発想力はないし、筆やベジェ曲線を思いのままに操ることもできないド素人である。だが素人には素人なりの発想とツールがあるだろう。素人の技法がどこまでいけるか試してみたいという思いもある。

一からは作れないので手本が必要だ。手本とするのは k20b の仮名でしかありえない。このフォントが広く使われるに至ったのも、永尾制一さんが作られた仮名デザインの魅力のおかげである。これを元にアウトラインフォントを発想していきたい。

昔から、このビットマップの元となるアウトラインが存在すればどんなに美しいかと夢想してきた。永尾さんに「これを元にアウトラインを起こしてみたい」と言って、「手直しに手間がかかるので、自分なら最初から作りなおす」と言われたことがある。「あまりにドット数が足りないから、それをベースにしても仕上りは美しくならないだろう」とも。足りないなら、増やしてしまえばいいじゃないか。……という単純な発想である。

ドット数を倍にしてからエディタ (xfed2) で編集する。輪郭を滑らかにして、太さのメリハリのつけかたなどのディテールを整えていけば、アウトラインを起こすのに十分なほどの情報量が得られるはずである。

20 ドットから 40 ドット、80 ドットまで拡大してみた (未作業の文字があるのはご愛敬)。 20ドット,40ドット,80ドットのビットマップ

トレースしやすいように線の接合部分を切り離し(左)、potrace で自動トレースして(中)、線の歪みを取り去り、大きさを88% ほどに縮小する(右)。 トレース用ビットマップとトレース結果、粗調整の結果

太さなどが全然バラバラなので、それを直すのが最初の作業になるだろう。

(画面キャプチャが大きくてすみません)

2004/12/27 (月)

フォント名 (仮)

フォントに名前をつけておいたほうがいいだろう。とりあえず、「Kappa Kana Outline (KKOL) Font」としておく。できるだけ早く sourceforge.jp に置く予定である。年内は無理でも休みのうちには。

作業の手順

12 日に作業を開始して、一段落ついたのが 2 週間後の 26 日である。その間どのようにして作業を進めたのか、参考のために記しておく。

事前調査

この方法がうまくいくか、最初に数文字だけ、試しにアウトライン化までやってみた。

簡単な文字はうまくいきやすい。「へ」「て」は、かなり綺麗にアウトラインが取れる。80 ドットで上手くいけそうだという感触があり、(交点の分離を行った上で) アウトラインを取ることに決定した。160 ドットは大きすぎて、編集が非常に難しい。

potrace の癖

線の端、筆の打ち込みがボケる。そこが良い所でもある (ある意味筑紫明朝のコンセプトに倣っている)。今回は狙い目としたので、80 ドットで止めてある。もう少しシャープな形が欲しいなら、トレース対象のビットマップをさらに拡大するのがいいと思う (120〜160 ドット程度)。

(この段落追記) potrace のコマンドラインでオプション指定をして αmax パラメータを調節し、1 よりも小さい値にすることにより、角を丸めるよりも点を置いて頂点にする処理が選ばれやすくする方法もある。また、出力されるアウトラインは非常に点の個数が少ないので、--longcurve オプションで Bézier 曲線の併合を抑止するか、--opttolerance を小さくしてアウトラインの合併が行われにくくするという手もあるだろう。ビットマップの量子化誤差をそのままトレースしたような形になるので、「エレメント(L)→併合(M)」を自分でやるという人にお勧め。

ビットマップ補正のコツ

40 ドットは割合簡単にできた。80 ドットフォントを作るための途中経過でしかないし、自由度がさほど向上していないため、疑問に思った点の解決は 80 ドットの造型に先送りできたからでもある。まるまる 2 日はかけていない。80 ドットからが本番だ。というか、画素数が 4 倍になると俄然作業の手が遅くなる。なかなか作業が捗らなくなる。
失敗談

80 ドット化の初期の段階で行った 10 文字ほどの作業を保存し忘れて終了してしまった。再度ビットマップ補正を行ったのだが、作業に狎れてしまって、出来上がった文字に力強さの欠片もなくなってしまった。その原因は、まず機械的に角を削り、凹みを埋める処理を行ってから (これは考えなくてもできる) 形を調整するというプロセスを採ったためである。 数時間の作業が失われたショックで、集中力が減退していたから、(前の形を覚えているだろうという傲りもあり) 漠然と手を動かすことに頼ってしまったのだが、これはよくない。

現在のプリンタに内蔵されている解像度増加処理は、これと似ている。現在市販されているプリンタのデータ解像度は 600dpi 止まりであることが多く、印字解像度の方が高いことが多い。平滑化を行って、1200〜2400dpi のデータを出力している。

その害については平木敬太郎さんが「ビットマップフォントのデフォルメ・2」で書かれているが、要するに周辺の数ドットを見てパターンの異なる二次元平滑化フィルタを掛けているだけだから、倍の解像度で処理したのに比べれば品質が低いのは当然だ。ジャギーの段差が直角から斜めの線に変わり、ギザギザが多少ボケて見えにくくなるというだけである。それが嫌だから、私は True 1200dpi のプリンタを買ったのだ (Gigabit ether も一般化したし、早く「○○dpi相当」は死語になってほしい)。

私は無意識に、機械の仕事を手でやっていたのであるから、全く世話はない。もともと無かった情報を補うのが目標なのだから、作業者がしっかりした解釈を持っていなくてはうまくいかない。モザイク外しと同じで、想像力が物を言う。

想像力を駆使せよ

単なる機械的な処理ではなく、「理想の形をそのままデジタイズするとうまくいかないので、20 ドットの制限内でできるだけ見栄えがするように作った」ビットマップを、著者の意図する形を思い描きながら、明朝の仮名として合理的な形に作り上げていく。最初の 1 ドットを直す時点から、線端の処理や傾き (急にしたりなだらかにしたり)・肥痩の補正をどうするかのイメージを頭に置いて作業を進めなければならない。多くは前よりも多少メリハリが控えめになるのだが、例外もある。

筆脈と字形

作業中に重視したのは、筆脈が通るということである。撥ねの角度はこれでほとんど解決がつくと言ってもよい。

これについての一般論は、私が説明できることは何もない。大熊肇さんの書かれた「筆脈について」(PDF) などの解説文書を全部読み、あとは様々な文字の筆脈を目で追ってみることである。

次に、字形である。仮名がもともと漢字の崩しであることを念頭に置いて文字を見ると、各字形の微妙な違いなど、いろいろな事柄が理解しやすくなる。情報を復元していく過程ではこの知識が大きなヒントとなる。各文字の字母 (元になった漢字) が何であるかくらいは知っていないと話にならない。

文字の歴史性について

脅すようで申し訳ないが、過去の字形に関する蓄積はあればあるほどいい。苟も明朝の仮名を新しく作ろうという大それた志を抱くなら、明治以来の印刷書体だけでなく、手書きの書体に関する知識も当然必要である。

芸術としての仮名書道の文字は平安の古層をそのまま伝えているから (ヒラギノ明朝の仮名の新しさ――私にはそれが、プレーンな本文用書体として用いるのに違和感を起こさせる原因の一つなのだが――は、上代様の仮名の持つ書風の勁さをうまく取り出して、一般的な仮名の字形のアレンジに用いた点にある)、明治初年に大きな転換があったようでも江戸時代から連続した地盤を持つ活字の仮名を理解するには、書道を学んだだけでは不足である。ぜひとも、古文書判読の入門書を薦めたい。

読書案内

吉田豊が柏書房などから多くの本を出している。仮名読み専門の本から入るのがいいだろう。まず、安価で入手しやすい光文社新書『江戸のマスコミ「かわら版」』を読んでみるのもいい (冒頭の番付「麻疹能毒養生弁」など、最も読みやすい例として著者が選んだだけあって、この文字を洗練させて行けばそのまま築地活版の初号活字になるのではないかとも思わせる。)

兼築信行編「変体仮名速習帳」と宗像和重・兼築信行編「くずし字速習帳」も安価でいい。後者は全ての例題を近代文学から採られているが、なんと最初の練習問題は弘道軒の清朝体で組まれた「当世書生気質」の活字本である。崩し字を読む伝統から切れてしまった現代の学生は、ここから学ばねばならないのか、と嘆息する (それだけ懇切丁寧な本である)。ともに早稲田大学オンデマンド出版シリーズの一冊で、私はごく最近、トランスアート・オンラインショップで「秀英体研究」などと一緒に購入した。

予告

次回は「ま」の字を例に、作業中に直面した問題点について具体的に論じてみたいと思う。

スマトラ沖地震

なんかとんでもない大被害。ここによると、特にバングラデシュの被害が顕著だったとのこと。たしかに、地図を見ると、ベンガル湾の奥で波が集まりそうな形をしている (チリ津波のときのように)。